愛犬の寝床がいつの間にか濡れている、立ち上がった場所に水たまりができている——そんな変化に気づいたら、犬の尿失禁を疑うサインかもしれません。尿失禁とは、本人が意識しないうちに尿がもれてしまう状態を指し、自分の意思で排尿する「おもらし」とは区別して考えます。
犬の尿失禁は、とくに避妊手術を受けたメス犬や高齢の犬で多くみられます。原因はホルモンの低下から加齢、膀胱や神経の病気までさまざまで、適切に対処すれば改善が期待できるものも少なくありません。この記事では、犬の尿失禁の見分け方、原因、受診の目安、治療法、そして自宅でできるケア用品の選び方までを獣医学論文に基づいて解説します。
犬の尿失禁に気づくサインと「おもらし」との違い
犬の尿失禁は本人が気づかないうちに起こるため、飼い主が早めにサインを拾うことが大切です。意識的な排尿トラブルと混同されやすいため、まずは特徴的な兆候を知っておきましょう。
寝ている間や無意識のうちに尿がもれる
尿失禁で最も典型的なのは、眠っている間や休んでいるときに尿がもれるパターンです。犬自身は排尿したつもりがないため、起き上がったあとに寝床やクッションが濡れていることで初めて気づくケースが多くみられます。お尻周りの被毛がいつも湿っていたり、尿のにおいが強くなったりするのも見逃せないサインです。こうした無意識のもれは、膀胱の出口にある尿道括約筋がうまく締まらないことで起こり、安静時や姿勢を変えた瞬間に一気にもれることがあります。
マーキングや頻尿など「意識的な排尿」との違い
意識して排尿している場合は尿失禁ではなく、別の原因を考える必要があります。たとえばマーキング、興奮や緊張によるおもらし、トイレの失敗、頻尿などは犬が自分の意思で、あるいは膀胱の刺激に反応して排尿している状態です。一方で尿失禁は、犬がリラックスして横になっているときや歩いている最中に、本人の自覚なく尿がしたたり落ちるのが特徴です。排尿時に痛そうに鳴く、何度もトイレに行くのに少量しか出ない、といった場合は膀胱炎や結石など別の病気が疑われます。
受診前にメモしておきたい観察ポイント
もれ方や回数を記録しておくと、動物病院での原因特定がスムーズになります。いつ・どんな姿勢のときにもれるのか、量は多いか少量か、飲水量や排尿回数に変化はないかを数日分メモしておきましょう。避妊手術の有無と時期、年齢、服用中の薬も重要な情報です。可能であれば濡れた寝床やお腹周りの写真を撮っておくと、獣医師が状態を把握しやすくなります。
- もれる時間帯と犬の姿勢(就寝中・歩行中など)
- もれる量と頻度(毎日か時々か)
- 飲水量・排尿回数の変化の有無
- 避妊手術の有無と実施時期
- お尻周りの皮膚の赤みやただれ

犬の尿失禁の主な原因
犬の尿失禁にはホルモン・加齢・病気など複数の原因があり、組み合わさることもあります。原因によって治療法や予後が変わるため、まずは代表的な背景を整理します。
避妊手術後のホルモン低下によるUSMI
避妊済みのメス犬で最も多い原因が、尿道括約筋機能不全(USMI)です。卵巣を摘出するとエストロゲンが減り、尿道を締める筋肉の張りが低下して尿がもれやすくなると考えられています。Pegramら(2019)は英国の一次診療データを用いた症例対照研究で、避妊手術を受けたメス犬は未避妊に比べて尿失禁のリスクが有意に高いことを示しました。またBeauvaisら(2012)は複数の研究をまとめたレビューで、避妊と尿失禁の関連を支持する一方、手術時期の影響については研究間で結果が分かれると報告しています。
手術のタイミングも議論されています。Pegramら(2024)は、遅い時期に避妊したほうが若齢で避妊した場合より早発性の尿失禁リスクが低いと報告しました。尿路の性ホルモン依存性を示す基礎的な知見として、Ponglowhapanら(2011)は性腺の状態が下部尿路のグリコサミノグリカン組成に影響することを示しています。
加齢による筋力・神経機能の低下
年齢を重ねると尿道や骨盤底の筋力が衰え、尿失禁が起こりやすくなります。老犬では尿道括約筋そのものの張りが落ちるほか、膀胱の容量や感覚が変化して尿をためておく力が弱まります。O’Neillら(2017)は英国の一次診療を受けたメス犬を対象にした調査で、尿失禁の有病率を報告し、高齢や体重の大きさなどが関連する要因であることを示しました。避妊によるホルモン低下と加齢が重なると、症状がより出やすくなると考えられます。
膀胱・神経・多飲につながる病気
尿失禁の背景に、治療が必要な別の病気が隠れていることもあります。膀胱炎や尿路結石は膀胱を刺激して失禁のように見えるもれを起こし、椎間板ヘルニアなど脊髄・神経の障害は排尿のコントロールそのものを妨げます。さらに糖尿病やクッシング症候群、腎臓病などで多飲多尿になると、尿量が増えて失禁が目立つようになります。先天的に尿管の位置が異常な「異所性尿管」が若い犬の持続的なもれの原因になることもあります。こうした病気は尿失禁の治療とあわせて原因疾患への対応が必要です。

動物病院での受診と原因の鑑別
犬の尿失禁は自己判断せず、まず動物病院で原因を見極めることが改善への近道です。もれの原因は多岐にわたるため、問診と検査で一つずつ可能性を絞り込んでいきます。
受診を急いだほうがよいサイン
血尿や排尿時の痛み、元気食欲の低下を伴う場合は早めの受診が必要です。尿に血が混じる、排尿のたびに鳴く、水を大量に飲む、急に尿がまったく出なくなった、後ろ足に力が入らないといった症状は、膀胱炎・結石・神経疾患・内分泌疾患など緊急性の高い病気が隠れているサインです。単なる「年のせい」と決めつけず、早めに相談しましょう。
行われる主な検査
尿検査や画像検査を組み合わせて、もれの原因を鑑別していきます。尿検査では感染や結石、糖の有無を調べ、血液検査で糖尿病や腎臓病、ホルモン疾患の手がかりを探ります。超音波やレントゲンでは膀胱・尿道の形や結石、異所性尿管の有無を確認します。神経疾患が疑われる場合は反射や歩様のチェックも行われます。
| 検査 | わかること |
|---|---|
| 尿検査 | 感染・結石・糖・尿の濃さ |
| 血液検査 | 糖尿病・腎臓病・ホルモン疾患 |
| 超音波・レントゲン | 膀胱や尿道の形・結石・異所性尿管 |
| 神経学的検査 | 脊髄・末梢神経の障害 |
USMIと診断されるまでの流れ
他の病気が除外されて初めて、ホルモン性のUSMIと判断されます。避妊済みのメス犬で、感染・結石・神経疾患・多飲疾患などが検査で否定され、就寝中のもれという典型像があれば、尿道括約筋機能不全が強く疑われます。診断は検査結果と経過、治療への反応を総合して行われるため、焦らず獣医師と相談しながら進めることが大切です。
犬の尿失禁の治療法
犬の尿失禁は原因に合った治療で、多くの場合コントロールが期待できます。ホルモン性のUSMIでは内科治療が中心となり、効果や副作用を見ながら調整していきます。
尿道の締まりを高める内科治療(PPA)
USMIの第一選択としてよく使われるのが、尿道括約筋を刺激する薬です。フェニルプロパノールアミン(PPA)は尿道の筋肉の張りを高めて尿のもれを抑える薬で、避妊後のUSMIに広く用いられています。多くの犬で症状の改善が期待できますが、興奮や食欲の変化などの副作用が出ることもあり、心臓病などの持病がある犬では慎重な判断が必要です。必ず獣医師の処方のもとで使用します。
ホルモンを補うエストリオールなどの治療
減ったエストロゲンを補うことで、尿道の機能を助ける治療もあります。エストリオールなどのエストロゲン製剤は、避妊で低下したホルモンを補い尿道の締まりを改善します。Veronesiら(2009)は避妊に関連した尿失禁に対するエストロゲン療法について報告し、ホルモン補充が治療の選択肢となりうることを示しています。PPAと併用されることもありますが、長期投与では副作用に注意し、投与量を調整しながら使用します。
薬で改善しない場合の選択肢
内科治療で十分な効果が得られないときは、追加の治療法が検討されます。尿道の周囲にかさを増す物質を注入して締まりを補強する方法や、人工の尿道括約筋を設置する外科的な治療などがあります。再生医療的なアプローチとして、Vadenら(2022)はUSMIが疑われる犬に自家の骨格筋由来細胞を併用する治療を検討した研究を報告しています。これらは専門的な治療のため、かかりつけ医と二次診療施設が連携して進めることになります。
自宅でできる尿失禁のケアとおすすめ用品
治療と並行して、自宅のケア用品を上手に使うと犬も飼い主も快適に過ごせます。失禁による皮膚トラブルや寝床の汚れを防ぐことは、犬の生活の質を保つうえでとても重要です。
マナーパンツ・おむつで漏れを防ぐ
もれが続く場合は、マナーパンツや犬用おむつで汚れを防ぎます。留守番中や就寝時におむつを使うと、寝床や床が汚れるのを防げます。ただし長時間つけっぱなしにすると蒸れて皮膚炎を起こしやすいため、こまめに交換し、外したときにお尻周りを清潔にすることが大切です。サイズが合うものを選び、きつく締めすぎないようにしましょう。
吸水シーツで寝床を清潔に保つ
寝床やサークルに吸水力の高いシーツを敷くと、もれた尿を素早く吸収できます。厚型の吸水シーツは尿をしっかり吸い込み、皮膚が尿で濡れ続けるのを防ぎます。老犬や寝たきり傾向の犬では、シーツを頻繁に取り替えて清潔を保つことが床ずれや皮膚炎の予防につながります。
清潔ケアで尿やけ・皮膚炎を防ぐ
尿で汚れた皮膚はこまめに拭き取り、消臭して清潔を保ちます。尿がついたままだと、お尻周りの皮膚が赤くただれる「尿やけ」や皮膚炎を起こしやすくなります。低刺激のウェットティッシュでやさしく拭き、必要に応じて消臭スプレーでにおい対策を行いましょう。強くこすらず、拭いたあとはしっかり乾かすのがポイントです。
床ずれ対策と介護ベッド
寝たきり傾向の老犬では、床ずれを防ぐ寝具選びが欠かせません。長時間同じ姿勢で寝ていると、体重のかかる部分の皮膚が圧迫されて床ずれ(褥瘡)ができやすくなります。体圧を分散する介護用ベッドやマットを使い、こまめに体位を変えてあげましょう。洗えるカバーのものを選ぶと、失禁で汚れても清潔を保ちやすくなります。
尿ケアサプリで日々の泌尿器を支える
日々のケアとして、尿トラブル予防をうたうサプリを取り入れる方法もあります。クランベリーなどを配合した尿ケア用のおやつ・サプリは、水分摂取とあわせて日常の泌尿器ケアに取り入れやすい選択肢です。ただしサプリは薬ではなく、尿失禁そのものを治すものではありません。あくまで補助的に用い、症状がある場合はまず動物病院で原因を調べることが前提です。
水分と排泄の管理で老犬を支える
尿失禁のある犬ほど、水分と排泄のリズムを整える管理が大切になります。もれを嫌って水を控えさせるのは逆効果で、脱水や別の病気を招くおそれがあります。
水を控えさせず、飲水量を保つ
もれが気になっても、水分は十分に摂らせることが基本です。水を制限すると尿が濃くなり、膀胱炎や結石のリスクが高まります。新鮮な水をいつでも飲めるようにし、飲水量が極端に増えていないかも観察しましょう。急な多飲は糖尿病や腎臓病などのサインのこともあるため、変化に気づいたら受診の目安になります。
トイレのタイミングと環境を整える
こまめな排泄の機会をつくると、膀胱にたまる尿を減らせます。就寝前やお留守番の前に排尿をうながすと、もれる量を抑えやすくなります。老犬ではトイレまで歩くのがつらいこともあるため、寝床の近くにトイレを置く、滑りにくい床にするなど、排泄しやすい環境づくりも大切です。

老犬の心と体に寄り添う
尿失禁は犬のわがままではなく、体の変化によるものと理解してあげましょう。もれてしまったことを叱る必要はありません。認知機能の低下が進むとトイレの失敗や夜鳴きが増えることもあり、尿失禁と見分けが難しい場合もあります。犬の変化を責めずに受け止め、ケア用品や通院で生活を支えていくことが、老犬との穏やかな暮らしにつながります。

まとめ
犬の尿失禁は、とくに避妊済みのメス犬や老犬で多くみられる症状です。就寝中の無意識のもれが典型的なサインで、避妊後のホルモン低下によるUSMIや加齢、膀胱・神経・多飲につながる病気などが原因となります。
複数の研究で避妊と尿失禁の関連が報告されており、原因に応じてPPAやエストリオールなどの内科治療で多くの場合コントロールが期待できます。自宅ではおむつや吸水シーツ、清潔ケア、床ずれ対策を取り入れ、水分と排泄の管理を整えることが大切です。まずは動物病院で原因を見極め、愛犬に合ったケアを続けていきましょう。
参考文献
- Pegram C, et al. (2019). Spaying and urinary incontinence in bitches under UK primary veterinary care: a case-control study. J Small Anim Pract.
- O’Neill DG, et al. (2017). Urinary incontinence in bitches under primary veterinary care in England: prevalence and risk factors. J Small Anim Pract.
- Beauvais W, et al. (2012). The effect of neutering on the risk of urinary incontinence in bitches – a systematic review. J Small Anim Pract.
- Pegram C, et al. (2024). Later-age neutering causes lower risk of early-onset urinary incontinence than early neutering. PLoS One.
- Veronesi MC, et al. (2009). Spaying-related urinary incontinence and oestrogen therapy in the bitch. Acta Vet Hung.
- Vaden SL, et al. (2022). The use of autologous skeletal muscle progenitor cells for adjunctive treatment of presumptive urethral sphincter mechanism incompetence. J Vet Intern Med.
- Ponglowhapan S, et al. (2011). Effect of the gonadal status and the gender on glycosaminoglycans profile in the lower urinary tract of dogs. Theriogenology.
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