シニア期の愛犬が急に水をたくさん飲むようになった、尿の量が増えた、よく食べるのに痩せてきた――こうしたサインの裏にひそむ代表的な病気が犬の糖尿病です。犬の糖尿病はインスリンの分泌が足りなくなる「インスリン依存型」が中心で、人の2型糖尿病とは治療の考え方が大きく異なります。
この記事では、犬の糖尿病の多飲多尿といった初期サインから、診断の流れ、インスリン注射による治療と在宅管理、低血糖への備え、療法食と食事・運動の整え方、肥満や膵炎・クッシング症候群との関わり、そして予防までを獣医師の視点で解説します。正しく管理すれば、犬の糖尿病とつき合いながら安定した毎日を送ることは十分に可能です。
犬の糖尿病とはどんな病気か
犬の糖尿病は、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが不足し、血液中の糖がうまく細胞に取り込めなくなる病気です。血糖値が高いままになると、あふれた糖が尿へ漏れ出し、さまざまな全身症状を引き起こします。
インスリン依存型が主体
犬の糖尿病の多くは、膵臓のβ細胞が壊れてインスリンがほとんど出なくなるインスリン依存型です。このため人の2型糖尿病のように飲み薬や生活習慣だけで管理することは難しく、基本的には外から補うインスリン注射が治療の軸になります。Fleemanら(2023)も、犬の糖尿病では一貫したインスリン投与が管理の中心だと整理しています。発症年齢は中高齢に多く、未避妊の雌では発情周期やホルモンの影響も加わります。
血糖が高いと体で何が起こるか
インスリンが足りないと、細胞はエネルギー源として糖を使えず、代わりに脂肪やタンパク質を分解し始めます。その結果、食べているのに痩せるという矛盾した状態が生じます。さらに高血糖が尿中へ糖を押し出し、糖が水分を一緒に引き連れて排泄されるため、尿量が増え、それを補うために水をたくさん飲むようになります。放置すると糖尿病性ケトアシドーシスという命にかかわる状態へ進むこともあります。
どんな犬がなりやすいか
犬の糖尿病は中高齢の雌、肥満傾向の犬、膵炎やクッシング症候群を持つ犬で起こりやすい傾向があります。一部の犬種では遺伝的な素因も指摘されています。Luら(2024)は、肥満犬で血中アディポネクチンが低いと糖尿病リスクが高まる可能性を報告しており、体格管理の重要性がうかがえます。思い当たる背景がある場合は、健康診断で血糖や尿糖を定期的にチェックしておくと安心です。
見逃したくない犬の糖尿病のサイン
犬の糖尿病は初期から多飲多尿という分かりやすいサインが出るため、日々の観察で気づけることが多い病気です。以下の変化が重なって見られたら、早めに動物病院へ相談しましょう。
多飲多尿は最初のサイン
水を飲む量と尿の量が急に増えるのが、犬の糖尿病でもっとも気づきやすい初期サインです。目安として体重1kgあたり1日100mlを超える飲水は多飲とされます。水の減りが早い、ペットシーツがすぐ重くなる、留守番中に失禁する、といった変化は見逃さないようにしましょう。
よく食べるのに痩せる
食欲は旺盛、むしろ食べたがるのに体重が落ちていくのは、糖をエネルギーに使えていないサインです。抱き上げたときに軽く感じる、背骨や肋骨が触れやすくなった、毛づやが悪くなった、といった変化が同時に現れます。食欲が逆に落ちてきた場合は病状が進んでいる可能性があり、より急いだ受診が必要です。
白内障の併発に注意
犬の糖尿病では高血糖の影響で水晶体が濁り、白内障を併発して急速に視力を失うことがあります。数週間で両目が白っぽくなり、物にぶつかる・段差でためらうといった行動の変化が出ます。Aradら(2025)は、血糖コントロールの良し悪しが糖尿病性白内障の進行速度に関わる可能性を示しています。見えづらさに気づいたら眼科的な評価もあわせて受けましょう。
主なサインを整理すると次のようになります。
| サイン | 気づき方の例 |
|---|---|
| 多飲多尿 | 水の減りが早い・尿量や失禁が増える |
| 多食なのに痩せる | よく食べるのに体重・毛づやが落ちる |
| 白内障 | 短期間で目が白く濁る・物にぶつかる |
| 元気消失 | 散歩を嫌がる・眠る時間が増える |

犬の糖尿病の診断の流れ
犬の糖尿病は、持続的な高血糖と尿糖の確認を基本に診断されます。ただし他のホルモン疾患が隠れていることもあるため、総合的な検査が行われます。
血液検査と尿検査
診断の中心は、空腹時血糖の上昇と尿への糖の漏れ出しを確認することです。犬は緊張でも一時的に血糖が上がるため、興奮による上昇と区別する目的で、過去2〜3週間の平均的な血糖を反映するフルクトサミンを測ることもあります。あわせて膵臓の酵素や肝臓・腎臓の値、感染の有無も確認します。
併発疾患のチェック
犬の糖尿病の背景には、膵炎やクッシング症候群といった別の病気が隠れていることが少なくありません。クッシング症候群もまた多飲多尿を起こし、インスリンの効きを悪くするため、症状が似ている場合は追加のホルモン検査が行われます。発情周期や妊娠に伴うホルモンが関与していないかも、未避妊の雌では重要な確認点です。

インスリン注射による治療と在宅管理
犬の糖尿病の治療は、毎日のインスリン注射で不足を補い、血糖を安定させることが基本です。注射は自宅で飼い主が行うことになりますが、コツをつかめば負担は大きくありません。
インスリンの種類と打ち方
犬の糖尿病では1日1〜2回、決まった時間にインスリンを皮下注射するのが一般的です。製剤には中間型や持続型などがあり、Tardoら(2024)は持続型のインスリングラルギン300単位製剤を用いた用量調整の方法を報告しています。打つ場所は首から背中にかけての皮膚をつまみ、量と時間を毎日そろえることが安定への近道です。
家庭での血糖モニタリング
インスリン量は一度で決まるものではなく、通院や在宅測定を重ねて少しずつ調整していきます。近年は体に貼る持続血糖測定デバイスも使われ、家庭で血糖の推移を把握しやすくなりました。Nerhagenら(2026)は、犬の糖尿病の治療やモニタリングの実態を飼い主アンケートから整理しています。飲水量・尿量・体重・食欲を記録しておくと、調整の大切な手がかりになります。
血糖ケアを支えるグッズ
在宅管理では、食事量を正確に計れる道具や、多飲に対応した給水環境を整えておくと管理が安定します。毎回同じ量を同じ時間に与えるために、フードスケールや計量できる自動給餌器が役立ちます。以下は家庭での血糖ケアを支えるおすすめのグッズです。
低血糖に注意する在宅ケア
インスリン治療でもっとも怖い合併症が低血糖で、犬の糖尿病の在宅管理では必ず備えておきたい知識です。高血糖より低血糖のほうが短時間で命にかかわるため、サインと応急処置を覚えておきましょう。
低血糖のサインと応急処置
ふらつき・ぼんやりする・震え・けいれんは低血糖の危険サインです。意識があれば砂糖水やガムシロップを歯ぐきに塗り、速やかに動物病院へ連絡します。食べなかった日にいつも通りの量を打つ、量を間違える、といったことが低血糖の引き金になりやすいので、「食べてから打つ」を基本にしましょう。
食事と注射のタイミング
食事量と注射量、与える時間を毎日一定にそろえることが、低血糖を防ぐ最大のポイントです。食欲が落ちている、嘔吐している、下痢をしているといった日は自己判断で通常量を打たず、かかりつけに相談してください。留守番が長い家庭では、分割給餌で血糖の波をゆるやかにする工夫も有効です。
犬の糖尿病の療法食と食事管理
犬の糖尿病の管理では、インスリンと並んで食事のコントロールが血糖安定のカギを握ります。何を、どれだけ、いつ与えるかをそろえることが大切です。
高繊維・低GIの療法食
食後の血糖上昇をゆるやかにするため、食物繊維が多く血糖が上がりにくい療法食が基本になります。Teshimaら(2021)は、でんぷんの種類や与え方が糖尿病の犬の血糖コントロールに影響することを報告しています。市販の糖尿・体重管理用の療法食は、こうした設計が施されており、家庭での管理を支えてくれます。
血糖の安定を支える療法食として、次のような製品が選ばれています。
一定した食事量とタイミング
毎日同じ量を同じ時間に、同じフードで与えることが犬の糖尿病の食事管理の鉄則です。おやつや人の食べ物を不規則に足すと血糖が乱れ、インスリン量の調整が難しくなります。Tardoら(2026)は、手作り食と市販食で血糖の変動に差が出る可能性を示しており、まずは安定した設計の療法食を軸にするのが安心です。体重の変化を見ながら量を微調整しましょう。
サプリと食物繊維の活用
イヌリンなどの食物繊維をとり入れると、糖の吸収をゆるやかにし体重管理を助ける狙いが期待できます。ただしサプリはあくまで補助であり、インスリンや療法食の代わりにはなりません。導入前にはかかりつけの獣医師に相談し、療法食の設計を崩さない範囲で使うようにしましょう。
運動は一定のペースで
適度な運動は血糖の安定に役立ちますが、犬の糖尿病では毎日一定の運動量を保つことが重要です。急に激しく運動すると低血糖を招くことがあるため、散歩は同じくらいの時間とペースで続けましょう。肥満がある場合は、無理のない範囲で体重を落としていくとインスリンの効きが改善しやすくなります。

関連する病気と予防のポイント
犬の糖尿病は単独で起こるより、肥満や膵炎、ホルモンの病気と関わって現れることが多い病気です。背景にある要因を整えることが、発症予防と管理の安定の両方につながります。
肥満・膵炎との関わり
肥満はインスリンの効きを悪くし、膵炎は膵臓を傷つけてインスリン分泌を低下させます。どちらも犬の糖尿病の発症や悪化に関わるため、適正体重の維持と脂肪の多い食事を避けることが予防の基本です。体重が増えてきたと感じたら、早めにフードの見直しや運動習慣の調整を始めましょう。
発情・クッシングとの関係
未避妊の雌では発情後のホルモンがインスリンの働きを妨げ、糖尿病の引き金になることがあります。このため雌では避妊手術が治療や予防の一環として検討されます。また副腎からホルモンが過剰に出るクッシング症候群も血糖を上げるため、多飲多尿が続く場合は両方の可能性を考える必要があります。
早期発見と定期健診
犬の糖尿病は早く気づいて管理を始めるほど、合併症を抑えて安定した生活を保ちやすくなります。Robertsら(2026)は、犬の糖尿病で安楽死に至るリスク因子を調べており、診断後の管理や併発症への対応の重要性がうかがえます。中高齢になったら年1〜2回の健康診断で血糖や尿糖を確認し、多飲多尿のサインを家庭でも見守りましょう。
まとめ
犬の糖尿病はインスリン依存型が中心で、多飲多尿や多食なのに痩せる、白内障の併発といったサインから気づけることが多い病気です。治療は毎日のインスリン注射が軸となり、低血糖への備え、高繊維・低GIの療法食、一定した食事量と運動の管理が安定のカギを握ります。肥満や膵炎、発情やクッシング症候群といった背景を整え、定期的な健診で早期に気づくことが何より大切です。気になるサインがあれば自己判断せず、早めにかかりつけの獣医師へ相談しましょう。
参考文献
- Nerhagen S, et al. (2026). Treatment, monitoring, and euthanasia in canine diabetes mellitus – a questionnaire-based study. Acta Vet Scand.
- Fleeman L, et al. (2023). Insulin Therapy in Small Animals, Part 3: Dogs. Vet Clin North Am Small Anim Pract.
- Tardo AM, et al. (2024). A dose titration protocol for once-daily insulin glargine 300 U/mL for the treatment of diabetes mellitus in dogs. J Vet Intern Med.
- Teshima E, et al. (2021). Influence of type of starch and feeding management on glycaemic control in diabetic dogs. J Anim Physiol Anim Nutr (Berl).
- Tardo AM, et al. (2026). Effect of a homemade diet compared to a commercial diet on glycaemic variability in diabetic dogs. J Small Anim Pract.
- Arad D, et al. (2025). The effect of glycemic control on diabetic cataract progression rate in dogs. Vet J.
- Lu J, et al. (2024). Low serum adiponectin levels are associated with an increased risk of diabetes in obese dogs. J Small Anim Pract.
- Roberts E, et al. (2026). Euthanasia rates and risk factors for euthanasia in dogs diagnosed with diabetes mellitus in Australia. J Small Anim Pract.
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